【講師コラム:立花よう子】 沖ヨガはいのちの根源

振り返ってみれば最初に沖ヨガに出会ったのが、書店で見つけた沖正弘先生の「ヨガの喜び」でした。あまり、健康ではなかったわたくしは、なにか心と身体に良いもの、永く続けられるもの、本物が感じられるものを探していました。「ヨガの喜び」の精神面の欄は強く心を惹かれて夢中で読みましたが、アサナは本を片手にではなんだかすっきりしません。

そこでヨガ教室に通うことに決めて、最初に出会ったヨガ教室が沖ヨガ教室でした。

今から思えばご縁の深さを感じずにはおれません。

現在では、「ヨガの喜び」もセピア色に変色、赤線、黒線で埋め尽くされ、歴史を感じさせる「ヨガの喜び」はわたくしの人生のバイブルとしていつもわたくしの傍で微笑んでくれています。

教室に通う一生徒として、ヨガを学び始めたわたくしは、ヨガの持つ哲学性、科学性、宗教性、また、最も合理的である教えに虜になってしまいました。数年経った頃、ふと氣がつくと毎月のように風邪をひいていたのに、風邪をひかなくなり、すっかり体調が良くなっていました。

また、毎日の生活が楽しくなり溌剌として全ての事柄に積極的に取り組んでいたように思います。

やがて、ご縁があって指導させて頂くようになり、多くの沖ヨガの教えに無我夢中で精進し、実践し充実感と至福感に感謝しながら大好きなヨガと共に今日を迎えています。

ヨガを生活に生かす

わたくしたちがより健康で平和に生きていくためには、生命の法則、自然の法則に従い、生命が正しく働くように心身を訓練させることが重要です。

自然の働き即ち「生命の働き」はバランスを維持しようとして働いています。

自然法則、生命法則は変化、バランス、安定の法則です。生命は常に変化を繰り返し、そのなかでバランスを取りながら安定を保っています。

ですから、よりレヴェルの高い安定のためには、常に生命に変化刺激を与えてバランスをとる訓練をしなければなりません。変化刺激を身体の内外に与えるということは、思考、感情、運動、食事等を偏らないように工夫していくこと、逆刺激を意識的にすることです。

例えば、思考、感情ですが、体験と好き嫌い得手不得手で判断してしまいがちです。垂直思考、水平思考をする、即ち総合的に見えない氣がつかない部分、本質的な部分を見ようとすることです。

宇宙も自然界も私達人間も変化を繰り返す中でバランスをとり、安定してお互いに生かしあい生かされて存在しています。

生命の正しい働きを邪魔するものは、執着、とらわれ、怒り、貪欲、無知等です。

お互いの存在を尊んで他の生命が生き生き喜んで下さるような生き方を求めて、利他心の向上に目的意識を持ち、実践することこそがヨガを生活に生かし、生命が輝き、躍動して生きていることに他ならないと思います。

わたくしたちは日々多くのご縁を頂いて生活しておりますが、この全てのご縁を有難いものとして受け取り一切の現象を必要なものとして受け入れ、全てのご縁、現象を拝める心身をつくる訓練を行じていくことが、自然であり、生命即ち神が喜んでくださる生き方につながるということになります。

沖正弘先生は人生はたった一回だけの神様からの招待だとおっしゃっています。たった一回限りの大切な人生、貴重な時間を精一杯無駄のないよう、無理のないよう、明日を憂うことなく、過去を悔やむことなく、全力投球で「今」を生き抜くことがヨガを生活に生かすことであり、生命が輝き、躍動することに他ならないのです。

沖ヨガに出会い、沖ヨガに魅せられ、沖ヨガに精進できるこの幸せが永遠でありますように願っております。

                           感謝合掌

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