【講師コラム:三好暁】お釈迦様のヨガ

私は、沖正弘先生の「私のヨガは、お釈迦さんやジナさんのヨガである。」という言葉からお釈迦様のヨガに入りました。

お釈迦様の教えは「心の科学である」と言われています。幸せと感じるのも不幸せと感じるのもその人の心です。お釈迦様はどうすれば心を育てていくことができるか、清らかにしていくことができるかを説いています。沖先生も「心を高めよ、人格を高めよ」と説いていらっしゃいました。

その教え方も、お釈迦様は「これをやってみなさい。行ってみればこうなることがわかりますよ」という説き方をなさいますが、沖先生も「信じるな、疑うな、やってみなさい」と説いていらっしゃいます。

お釈迦様は「無常」を説きます。「この世は無常である、だからとらわれることこそがおかしいのだ」ということなのですが、沖先生はそれを「とらわれない、こだわらない、ひっかからない」とわかりやすく言っていらっしゃいましたし、「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静」を「変化、バランス、安定」と言ってらっしゃったようです。

最初は沖先生のヨガは「求道ヨガ、出家ヨガ」だということで、「私のヨガは、お釈迦さんのヨガだ」とおっしゃっているのかな、くらいに思っていましたが、さまざまな教えの中に、なるほど沖先生のヨガはお釈迦様のヨガだったのだなと気づくことがたくさんあります。

沖先生は「生活ヨガ」を説きましたが、お釈迦様も「誰でも、いつでも、どこでも、死ぬまで行う冥想」を説きます。

もちろん、沖先生のヨガは現代的で「食、息、動、想、生活、環境のすべてを、正せ、整えろ、悔い改めよ」とわかりやすく説きます。誰でも気づいたところから正していけます。
食の間違いに気づいた人は食を正し、身体のアンバランスに気づいた人は身体のバランスを整え、呼吸が浅いと気づいた人は呼吸を深くし、考え方の間違いに気づいた人は考え方を改める・・・、非常にわかりやすいです。

お釈迦様は、そのおおもとの心を清らかにする冥想を説きます。その「誰でも、いつでも、どこでも、死ぬまでできる冥想」を行いながら、生活のすべてを正すヨガを実践していこうと思います。
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